フムフム…納得の表現って?

私は、毎日ヨーグルトを食べてます。
いつもは黒糖をかけて 少し甘めにしてますが
今朝はサービスで付いてきたオレンジのフルーツソースをかけようとして
袋のラベルに目がとまりました。

「 おいしい フルーツソース 」…と書かれています。
    ↓↓↓↓↓↓


ここで
私はいやらしいツッコミを…
「おいしいかどうかは 私が決めることやん。
  販売側が自ら豪語するなんぞ まちがっとる!!」…と

そうして また1つ思い出しました。
自宅の近くの居酒屋のカンバンに
「 オシャレな居酒屋 」と言う形容詞がついているのです。

それを見たとき私は
「そう書いてる時点で もう オシャレじゃないやんか!」…と。

私だけかしら?
こんなツッコミ入れるの?

でも、
感じ方は人それぞれ。
それを 限定されると
「ちがうやろ。。。」と言いたくなる。

“心を込めて作ったフルーツソース”とか
“果汁○○%が入ったフルーツソース”とか
事実が書かれていれば何も思わないのです。

これを人と人との間のことで 例えると
「アンタのその言い方 きついねん。だから腹立つねん!」と言われる

もしそんな言い方をしたつもりじゃなければ
「そんなにきつくなんか言うてないやんか!」と怒るか
何も言わずにシュンとして引き下がるか、、、
まあ、どちらにしても あんまりイイ気分にはなりそうもない。

でも、たとえば こんなふうに
「今の言い方 ちょっとキツく聞こえたわ。」とか
「そう言われたら 傷つくわ。」とか
「今 ちょっと グサッときたわ。」とか
そんなふうに 事実を伝えられるとどうだろう?

それでも気まずくなるかもしれないけど
たぶん
「あぁ そんなつもりじゃなかってん。ごめんね。」とか
「そんなふうに聞こえたんや。ごめん。
   ほんまはこんなふうに言いたかってん。。」などと
お互いの思いを共有できて 仲は深まるような気がします。

あれあれ、
ヨーグルトのフルーツソースの話からエライ話が飛んだ感じ

でも、こういう何気ない会話のやり取りって
想像以上に大切かも・・・。

関連ページ⇒「 納得できる自己表現 」

今日からチョコッと秋っぽく…



先日 娘が仕事場に来た時 玄関で
「ガムの匂いするけど なになんコレ?」と第一声。

「あぁ 玄関のアロマ ミントの香りにしてんねんょ。」

そう言ったものの、
エアコンのきいていない暑い玄関でミントの香りがしたら
ミントガムを連想するわなぁ…と思いました。

暑い夏はすっきりミントの香り…と思っていたのですが、
暑いところでは、ガムのネバネバ感だけが広がってた感じ。トホホ。

そこで 今日から、玄関はラベンダーの香りにしました。

 ⇒⇒

また、玄関口に置いてるとんぼ玉を
涼しげな「金魚」から「もみじ」にしました
秋の陽気はまだまだのようですが、
風情だけでも秋っぽく。。。


回生って

帰宅途中に大型ショッピングモールがあります。
土曜日はすごい人ごみなので入ることはすくないんです。
けど、今日はなんだか用もないのに書店に寄ってみたくなって入りました。

久しぶりに入ると、1メートル強くらいの長いすが本棚ごとに置かれていました。
へぇ〜 座って読んでいいんやぁ…と気を良くした私。

でもでも どうしてだろう?
今日は棚に並ぶ本たちのタイトルが目の前に迫ってくるようで
気持ち悪くなるほど。
書店に入ってこんなことは初めて。

サッサと出て、自宅に帰り、
3分の2読み終わっている
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 」を読もうとすると
これまた 読む気がしない。

昨日まで面白いと感じながら読んでいたものが
全く面白く感じられない。

こんな時
私は無理に読み進めないのだぁ。

何か読みたいのに…と思いながら 本棚を物色

そうそう、
読もうと思って忘れていた河合隼雄氏の「出会い」の不思議」を見つけた。

河合先生にこんな形容は大変失礼だけれど
「 河合先生の本にハズレは無し! 」

この本は、新聞や雑誌に連載したものをまとめた本でした。
だから、1つの章タイトルに対し2.3ページで簡潔にまとめられています。

最初のタイトルから ヒットだ。。。。
タイトル…「回生」

脳出血で倒れた知人の方が
その夜から詩がほとばしるようにあふれ出したというお話。

全く経験のない歌づくりなのに。。。

ちょっと感動の詩
--------------------------------
半世紀 死火山となりしを轟きて
煙くゆらす歌の火の山

--------------------------------

死火山と思っていた山が、爆発し
本人の全く思いもよらない回路にエネルギーが流れ、
そこから新しいものが創りだされる様子が表現されているという。

それまで使われていた回路が突然閉ざされたり、破壊されたことで
「回生」へのチャンスが開かれる…という。

脳のほとんどの部分は使われず人は死んでいく
…とかって言われるけれど

ほんと そんな感じ。

回生って、よく意味が分かってなかったので
ネット辞書で引いてみました。
「生き返る」「蘇る」という意味らしい。

平々凡々な私にも
もしや 
何か ステキな能力が潜んでいるかも?
な〜んて 少し ワクワクした ページでした。

私の場合
読む気がしなかったり、
やる気が湧かない時、
そんな気分に従って
ヒョイッと
別の本に、
別のことに手を出してみたりします。
いいものが落ちていることがあって
気分転換がはかれること多いんです。

今回もそうでした

上記にある
「それまで使われていた回路が突然閉ざされたり、破壊される」
っていうのは、
突然の不幸や大惨事にすら受けとられることが
後で考えると
人生の良い転機に繋がっている…みたいな意味なんでしょう。

ショックなことがあたりすると
ショボボボ〜ンってなりがちだけど

これを
なんの理由もなく
「もしかして ええこと待ってるかも…」とか思えると
ホンマ ええなぁ…と思います。

今 私 ちょうど そんな時なんで
とりあえず
「もしかして ええこと待ってるかも…」
…と思う事にします。




友人からの…

今年はなぜか、残暑見舞いを書きたくなりました。
メールではなく、葉書に文字を書きたくなったのです。
少し面倒だけど どうしてもそうしたくて
遅すぎる残暑見舞いを 
思い浮かぶ友人に送りました。

8月31日に投函したのに
今日、高校の友人Mから即行レスポンスが届いてました。

懐かしい文字に思い出が浮かぶ。

Mからの返信の最後にこんな文章が。。。

「今まで 戦後一番暑かったのが 二十六年前の夏…
 だとか…ってさ。一緒につるんだ頃ね。
 あの時は、そんなこと なぁ〜にも考えてなかったね。」

青春まっただ中。
そんな意識もなかった頃。
懐かしく思い出しました。

Mの右足と私の左足を並べると、
同一人物の両足のように見えていた高1の頃。
それから 私の体重だけが増え、
高3の頃は別人の足と化していたことも思い出しました。

短大を卒業して 久しぶりに会ったMの胸元に光るネックレスを見つけた私。
その額を聞いて、ビックリした私は、価値観の違いを知り
少し淋しくなったのを今でも覚えてます。

今でも高額のジュエリーに全く興味のない私、
その頃は、そのネックレスに何の価値も見出せず
「ちがうぅ〜。」と思ったような。

そういう感覚を覚え
違いを感じながらも、
会うと 高校時代の雰囲気に戻り
何の垣根もなく話せる居心地よさは今も続いてます。

妊娠中に住んでいた所に来てくれる…という連絡をくれたM。
その時、実際に来てくれたかどうかは覚えていません。
でも、その当時 住んでいたところには
本当に恥ずかしいほど な〜んにもなく
Mに出すティーカップを買いに行ったことだけは覚えてる。
それまで、実家でぬくぬくと生活していた私にとって
お客様用のカップ一組すらない状態に 愕然としたこと、
そして その時買ったティーカップ 今も食器棚の奥にあること、
何年も経って、15年使ってないカップ
でも捨てられないなぁ。

15年前
出産予定日前日だったかなぁ
突然Mの家へ行ったこと。

出産後 突然 乳飲み子連れて
「今晩 泊めて…」と私が言ったのか
「今晩 泊まっていき…」とMが言ったのか
忘れたけれど
精神的にしんどかった時に 身を寄せていた実家よりも
落ち着いて眠れたことを今でも覚えてます。
夜鳴きした娘に黙ってMがミルクをやってくれたんだったかなぁ。
母親になった私が 甘えても 全然 気を遣うことなく
自由に居られたMの前でした。

戻りたくない過去はたくさんあるけど
友人との思い出は やっぱり残しておきたいと思えた過去。
大切な一通の葉書でした。



無意識にやってること

     
ヨガを始めて3年ほどになります。
毎週月曜日の午前中に1時間必ず行きます。

レッスンのない日は自宅で、お風呂の前に
10分のトランポリンと
10分のヨガ的ストレッチ。

今では もう欠かすことは出来ません。
肩甲骨を寄せたり、
体側を伸ばさないことに
体が耐えられなくなっています。

そのお陰で
腰の調子もよく
頭痛もなくなり
ぽっこりお腹も少しはマシになった気がします。

今日もレッスンが終わり
ホ〜ッと 横座りしていると
先生が

「その 座り方 ダメよ!
  それは 絶対にダメ!
   骨盤ゆがめるし いいこと全然ないから
         これからは絶対にやめてね!!!」

・・・と強い口調で言われました。

他の生徒さんも一緒に
「え〜〜〜〜!!!
   そうなんですかぁ。
     いっつもこの座り方してました。
                 楽やもん!!」

無意識にしている姿勢や座り方が
すっごく悪いことを 丁寧に教えてもらいました。

どんなにダイエットしても
太りやすいからだを作る姿勢をしていては
努力も無駄。

帰宅して
座り方を意識すると
イヤ〜ン
座りにく〜〜い!!

でもでも
頑張ろう。
女は骨盤大切ですから。。。

24時間TVの中で…

必要以上に涙もろい司会者を起用し、
感動の場面では、
涙を流すタレントをアップで映す演出を
ついつい斜めから観てしまう私。
感動を強制されるような感じのこの番組を
腰を落ち着けて観ることは少ないのですが、
今年は心にひっかかる場面がありました。

間寛平さんと室谷信雄さんが25年ぶりに対面するシーンです。

室谷信雄さんは吉本興業所属の喜劇役者で
新喜劇では一世を風靡した人。

そんな人が突然姿を消した理由を知らなかった人は多いと思います。
私もそう。

喉頭癌の為、声帯を取ることになり、声が出ず仕事を続けられなかったそうです。
仕事からも、友人からも、家族からも離れ
一人暮らしを始めて25年。

世界1周アースマラソン続行中の寛平さんが前立腺癌になっても頑張っていることを知り
励ますために25年ぶりに対面するということでした。

関西ローカルだけで有名だった人だからでしょう、
CMに引っ張られ、必要以上に盛上げられることもなく、
サ〜ッとオンエアされました。

一口に25年というが、
脚光を浴びていた人が
急にひっそりした状態に追いやられた人生に
一瞬の間に想像が走りました。

寛平さんは、室谷さんを見ると
声を上げて泣いてた。
それを見ていた 阪田としおさんも泣いてた。

わかる人にしかわからない
彼の人生の背景を想った様子が伝わってきました。

胸が熱くなりました。

25年も会ってなかったとのことだけど、
昔の仲間とは誰にも会わずにひっそりと
目立たない裏方仕事をして過ごしてきた彼の人生は
これを機に何か変わるのかなぁ?
なんて想像も。。。。
余計なお世話ですね。



普通って いい。



暑い!暑い!…が挨拶のようになっている猛暑続きの今年の夏。
プライベートの色々なバタバタで気分は落ち着かない状態が続いていました。

その中で一番 落ち着かない理由が、家の窓が開けられなかったこと。

家の外壁改修工事の為、7月半ばから建物自体がすっぽり
シートで覆われています。
そして 8月半ばからは 壁の塗装をするとのことで
窓をキッチリ閉め、外からは養生の為シートが貼られ
全く風が通らない状態でした

5階建ての4階に住み
エアコンの苦手な私は、なるべく風通しをよくして過ごすのですが、
この夏は、ほぼ1日24時間エアコンを入れっぱなしでした。
留守をする時も愛犬が居るため、締め切った部屋に
おいていくわけにも行かずエアコンはフル稼働。

それが、やっと今日取れました。
全てが終わるのは10月になるけど、
とりあえず 窓が開けられるようになりました。

建物自体がシートで覆われているので
晴れてても曇った感じの様子で気分もスッキリしませんが、
それより、窓が開けられないのは、息が詰まるようなストレスです。

普通に窓が開けられて
青空が見れる毎日が
実はすっごくありがたいんだぁ・・・と思えてる今日です


おススメしたい本♪

友人は、本当にサクサク本を読みます。
それを尻目に、トロトロ読んでる私。
フォトリーディングにもトライしましたが、
まったくアカン
相変わらずマイペースを保ちボチボチ読んでます。

仕事関連での専門書は別として
「この本 エエで♪」と薦められることの多い私が
今回すすめられたのは

斎藤一人さんの 『 眼力 』

一人さんの著書は、たくさんあって
読んでる人も多いと思いますが
最近のものでは
コレ かなり イイんじゃないでしょうか・・・。

トロトロ読みの私でも
一気にサクッと読み
心にジワッとしみました。
生きていくのに
為になりそうです。

帯に書かれていた文章が
    「 読みたい! 」・・・と思わせます 
当たり前のことが書かれた文章のようですが、
なかなかできてないのが実際です。

     ↓↓↓↓↓↓
眼力、見抜く。
人間、目があっても、
自分が見る気持ちにならなかったら、
モノが見えません。
耳があっても、
聞く気がなかったら、聞こえません。
そうすると、人を見抜けなかったら、
人のことで困っちゃう。
仕事を見抜けなければ、
仕事がつぶれちゃう。
世の中を見抜けなかったら、
漂える船と同じです。
ほとんどの人は流されているように、
私には見えます。
でも、人には、一生のうち何回か、
神様の試験があります。
見抜かなきゃいけない、
という試験があるのです。

親ごころ

暑い、暑い・・・といいながら
今年もお盆は過ぎていきました。

人ごみが苦手で お盆の間はお墓参り以外は外出したくない私ですが
近年はこの時期に 出かけるところがあります。

小学校低学年から変わらない娘の夢:ドッグトレーナーの体験入学です。
中学1年の時に専門学校をネットで見つけ、今年3回目も
勇んで参加しました。

私自身は大人になったら何がしたい!…などという夢など持ち合わせず
中学の夏休みは、体が腐るんじゃないかと思うほどグ〜タラしていたことを覚えています。

だから 余計に
変わらぬ夢を描き続ける娘が羨ましく
応援したい気持ちが年々強くなり
どんなにしんどくても都合をつけて犬関連のイベントには出かけるようにしています。

こんなに応援していても
途中で夢が変わってもいい。。。

夢を抱ける人だ・・・というところに
娘だけど
憧れを感じたりします

中一で体験参加した時は周りは高校生ばかりで
こちらも冗談半分で入学説明会を聞いていましたが、
今年は私より娘自身が 真剣に聴いていました。



普段は相当ぼやぼやしている我が娘
後ろから蹴りを入れたくなることもしばしばです…が、
夢を具体化することにはぼやぼやして欲しくない・・・と

このことは かなり強く願ってますぅ

違和感の中で…

この時期になると戦争体験談が語られる番組が多くオンエアされます。
それでも今年の私はそれらの番組を観る時間が限られ
例年より少なくなっています。

そんな中、食品の宅配をお願いしている生協の箱の中に
戦争体験談の特集冊子を見つけました。
朝 ゆっくり読む時間をとりました。

集団での大変さを聞かされるよりも
一人ひとりの体験談を自分のペースでゆっくり読み進めることで
心に沁みるものがありました。

滑り落ちそうになる命を手繰り寄せ
やっとの思いで繋いだ人生を
たいへんな思いで背負った人たち。

この時期になり
思い出したように特集に関心を持つのは仕方ない。

でも、そんなたいへんな体験談を
涼しく空調の効いた部屋の中で
読んでいる自分に違和感を感じます。

そんな状態がおのずと体験者との果てしない隔たりを感じさせるのでしょう。

エコについて語るシンポジウム会場が必要以上に冷えていたり
難民に関する自主上映映画の会場が同じように冷えすぎていたり

語る内容とやっていることにあまりの隔たりを感じ
違和感を覚えるのと同じように。。。

過去の事実をどれだけ
感じ取り、本気で考えられているのか?と
問うとき
自分自身にも疑問が生じます。

TVという箱の中から流れる悲惨な事実と
それらから離れた時の
生活するには不自由の無い現実が
悲惨な事実をバーチャル化させてしまいそうになります。

体験者の命が薄れる中
この状態はより一層強まっていくのか?

「国連に行って核廃絶の先頭に立つ。」と言い放った鳩山元首相の
後の態度を見ても 何だか違和感ばかりを覚えます。

多くの違和感を感じながらも
人は間違いなく 誰かに影響を与え
誰かから影響を与えられているわけです。

全く違和感の無い状態というのは難しいけれど
少しでもそれを減らし
少しでも納得できる日々に…という願いを新たにした朝のひと時でした。


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